まずは、現在の森さんの活動についてお聞きしました。
訓練の主役は“消防士”──現場の声が生んだ林業トレーニング
そんな森さんがいま主に力を入れているのは、林業そのものではなく、消防士に向けた“災害対応型チェーンソートレーニング”だそうです。
「今はもう、90%以上が消防士向けの訓練ですね。一般向けの講習は、ほぼやっていません」
彼が消防士向けの訓練を始めたきっかけは、実際の現場でのヒアリングだった。巨大化する台風や地震による土砂災害で、倒木により道路が塞がれ、救助に向かう消防車が進めなくなる──そんなケースが多発しているそうです。
「倒木処理の訓練って、意外と現場の人たちもやる機会がないんですよ。チェーンソーはどの消防署にもあるけれど、練習用の木がないんです」
森さんは、間伐対象の木を倒し、災害現場を模した訓練環境掛かり木や倒木が重なり合った危険な状況をあえて人工的に再現し、その中で、どう安全に、そして迅速に処理できるかを実践的に学ばせているそうです。
技術と防災が結びつく、新しい山の使い方
このトレーニングは、ただの訓練で終わりません。山の間伐も同時に進み、環境保全にもつながっているそうです。
「訓練で倒しているのは、元々間伐対象だった木なんです。だから、いい木は残るし、光が入って森林が健全になる。根がしっかり張れば防災力も上がる。つまり、救助力も森林も強くなるんです。」
この“山を使った訓練”というモデルは、今では宮城県だけでなく、岩手や山形からも引き合いがあり、各地の消防署や消防学校からの要請も増えているそうです。
「誰も不幸にならない仕組みなんです。消防士が技術を身につけ、山主も間伐が進んで喜ぶ。地域の安全にもつながる。三方よし、四方よしのモデルですね」
災害現場と林業現場の違い、その間に立つプロの視点
とはいえ、林業と災害現場では切り方も考え方もまったく同じとは限りません。
「基本の技術や考え方は同じでも、災害現場には独自の難しさがあります。例えば“掛かり木”──倒木が他の木に引っかかって不安定になっている状態。これは林業家でも嫌がるシチュエーションです」
こうした状況に、普段チェーンソーを扱わない消防士が立ち向かわなければならない現実ーそのギャップを埋めるための訓練が、今、全国的に求められています。
「消防士は現場で使わなきゃいけない。でも練習できる環境がない。だからこそ、山の現場と災害現場の間に立って、現実的で実践的な訓練が必要なんです」
おわりに──“災害に強い地域”をつくるために
林業の枠を越えて、地域防災の最前線で活躍する“山猫ユーザー”の取り組みは、単なる訓練にとどまらず、山の未来と人の命をつなぐ新たな可能性を提示しています。
森さんの活動は、災害に備えるという視点から見ても、森林を守るという意味でも、これからの地域づくりに欠かせないアプローチとなると思います。
「誰も不幸にならない仕組み」を実現するための山の活用──その取り組みは、静かに、しかし確実に日本各地へと広がり始めています。